過去の小説を載せていきつつ、新たに小説も書いていきたいと思っています。更新ペースはきまぐれです。
ジャンルは恋愛、青春。日常に非現実的なことがちょっと起こったりとかが大好きです。
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──進路相談室
様々な大学、専門学校の資料を読みあさるも、全くピンと来る学校が無い。
美樹は、未だに自分のやりたいことや進学する目的が分かっていなかった。
母親に早くしろと煽られれば煽られるほどに、気持ちは沈んで行くばかり。
授業は午前の授業で終了の為、この部屋に来てからもう既に2時間が経っている。
最近では毎日のように進路相談室に来るようにはなったのだが、未だに収穫無し。
端から見て美樹が『進路指導室』の様な場所に来るようになったこと自体を
大きな進歩として見ていかなければ、今後の行動に進歩という物を感じることは
できなくなってしまうだろう。
「分からない…。私は、どうしたいんだろう…?」
美樹が悩んでいると、突然進路担当の先生が声を掛けて来た。
「随分と悩んでいるようだね。」
顔を上げると、直ぐさま先生と目が合う。白髪が目立ち、年齢は50代後半くらい
であろうと思われる。
その先生は話したことも…いや、言ってしまえば見たことも無い先生だったので、
どのように返事を返したら良いのか分からなかった。
「進学する目的が分からないから、悩んでいるんだろう?」
気持ちを見透かされた美樹は、尚も返事が出来ない。
先生は窓側へ行き、窓の向こうにある景色を眺めながら言う。
「最近、興味の湧いた物事とかは無いのかい?」
「興味…ですか。…私は、何にも興味なんて持てないんですよ。」
すると、先生は疑念を含んだ表情になり、美樹は少し戸惑う。
「それはどうかな。何にも興味が無い…そんな人なんて、本当はいないんじゃ
無いかって私は思うよ。」
「それ…どういう意味ですか?」
先生は視線を窓の向こうから美樹へと移す。
「興味を持てない、あるいは持とうとしない自分に、興味があるんじゃないか?
…と言いたいのだが、分かりにくいかもしれないね。」
「自分に興味が…? 先生、私はナルシストじゃありません。」
「ははは、そんな意味で言ったんじゃないよ。ただ君は、何かを切欠に
自分のことを理解しようと必死になっているんだ。その切欠は進学することに
限らず、何か別の事でもある。」
「別の事…?」
「物事を理解するには、まず自分のことが理解できていなければ難しいだろう。
その物事というのは、自然、例えば空であったり、花であったり、木であったり…。
自然だけでなく、人でも同じ。」
「……人。」
その言葉で美樹の頭にふと浮かんだのは、海だった。
海のことをもっと知りたい、けれども今の自分にはそれができていない。
「君は自分を理解することの必要性に気づきながらも、それは無理だと
諦めているんだよ。それも、始めから。そんなんじゃ、やりたいことや目的
なんて分かりっこ無いさ。だから、結局自分以外の物事だって理解できない。」
自分を理解したいと思いつつも、始めから諦めていてただ闇雲に目的を探し続け…
しかしそれでは何の意味もない、且つ目的も見つからない。
そして、結局自身を理解できないため、ましてや海のことを理解しようとすること
なんてできない…。
まさか海はここまで見越していて、胸の内を、悩みを吐きだしてくれないのだろうか…?
「黙り込むということは、図星のようだね。」
先生はそう言って微笑んだ。その微笑みが、何とも憎らしい。
「簡単に言うと、『始めから諦めてはならない。』…と、言うことだよ。
私の言ったことを認めるか認めないか、それを決めるのは君自身さ。
どちらを選んだら自分の為になるのか、良く考えてからまたここへ来なさい。
…でないと、ここへ来ても意味が無いからね。」
先生はそれだけ言い残して、奥の部屋へと姿を消した。
きっと先生は美樹の為に業と突き放す様な言い方をしているのだろう、
これは自分の問題であり、誰に縋ることもできないのだ。
「認めたいです。認めたいですよ…、でも…それには時間が掛かってしまう…。
間に合うの…? ねぇ…間に合うの…?」
誰に聞いているわけでもない。他でもない、自分の心に聞いているのだ。
しかし、いくら待っても『心』から何の返事も返っては来なかった。
「誰か、…答えて…。」
こうすれば…人との深い関わりを断ち、物事に関心を持つことを止め、
考えることを止めれば、楽になるのだと思っていた。
けれど、決して楽な道では無く、それはむしろ辛く、自分を苦しめる道
であったのだ。
全て自分が作り出した結果だから、誰のせいにも出来ない。
しかし自分は一体何が原因でこうなってしまったのか、それを思い出そうと
するのだが、思い出せない。…いや、思い出したくないのだ。
自分を理解するまでは、海に会ってはいけない。
「12月、海の誕生日までに、…間に合うだろうか…。」
いや、間に合わせなければならない。海と、約束したのだ。
自然公園のあの桜の木の下で、木々達と一緒に海の誕生日を祝うのだと。
もし12月までに間に合わせることが出来なかったら、…もう海と会うことは
できないだろう、…これが自分の『けじめ』なのである。
今は初夏。美樹は条件を満たすまで、海と顔を合わせることを…止めた。
──6月のある日のこと。
「秋に行われる学園祭の出し物について、何か案がある人は手を挙げてー!」
一人の女子学級委員が積極的に前に出て、チョークを手に取る。
この学級委員は何にでも積極的で、まだ2ヶ月程しかこの学校にいないと
いうのに、クラスのみんなを上手くまとめていた。
男子学級委員ととても意気が合っているためでもあるだろう。
その男子学級委員はクラスの男子からも女子からも人気である。
先生はこの2人の生徒のことをとても気に入り、その気に入られ様は周りの生徒
から見てもよく分かる程。
彼らはそれくらい、しっかりした生徒であった。
5月の最後に行われた定期考査でも、もちろん優秀な成績を取っている。
「はいはいはいっ! この教室でレストランをやっちゃうのはどー?」
「確かに、それ良いねっ」
そう言って女子学級委員は黒板にその案を記す。
その後も、クラスの生徒から様々な案が飛び交った。
クラスの出し物はあっさりと決まり、決まった内容に対して文句を言うものは
誰もいなかった。
その授業後、直ぐに担任は女子学級委員を呼びだした。
「浅木ー、お前流石だなぁ! もう一人の倉田と意気も合ってるから直ぐに
決まるし、もはや俺は全く必要無いって感じだな。」
先生にはいつもの様に褒められる。それはとても嬉しく光栄なことなのだが、
教室で褒めるのは何となく止めてもらいたい。
「あはは、このクラスは団結力があるから私達のお陰っていう訳でも
無いんですよ。」
「ははは、そうだな。それにしても、クラスのメンバー全員がお前のことを
信頼しているように感じるし、もしかしたら1年間ぶっ続けで学級委員を
任せられるかもしれないな。」
先生の言葉に少し胸くそ悪い、変な何かを感じたのだが、それは何でもないと
思い込んでおく。…でないと、この先やっていくのが苦痛になってしまいそう
だったからである。
「ありがとうございます。その時は、頑張ります!」
何でも活発に行動し、仕事を一生懸命にやり、クラスメイトの意見を尊重し、
全てを上手くやれてきていると思っていた。
…しかし、この時既に美樹は違和感を感じ始めていたのだ。
──学園祭
この学校での学園祭は始めてであるため、美樹はとても張り切っていた。
クラスでは喫茶店をやることになり、美樹はその受付を担当することに
なっている。
チラシ配りをしている生徒や、受付での宣伝の効果もあってか、客の入りは
とても良く、休憩が一切できないくらいであった。
飲み物や紙コップはどんどん減っていき、教室に設置されている席は常に
満席となっていた。
「浅木ー、ずっと受付やってんだろ? 俺が代わるよ。」
少し客の人数も落ち着いてきた時に、倉田が受付に来て言った。
「良いよ良いよ、この状況にも慣れてきちゃったから。それより、倉田は
まだ他クラスの出し物を見て回って無いでしょ? 誰か誘って見て来たら?」
倉田は少しの間うーんと唸ってから、答えた。
「んー…。そんならさ、一緒に回らねぇ?」
倉田からの誘いは嬉しいのだが、今受付には美樹一人しかいない。
もう一人受付にいたのだが、いつの間にか居なくなってしまっていたのだ。
こうなってしまっては、抜け出すことなど出来る筈がない。
「そっか…。もう一人の奴って…あぁ、竹田さんか。ったく仕事投げ出すとか
迷惑なことしてくれるよな。じゃぁ、俺が手伝うわ。」
「ほんと!? ごめん助かるー!」
倉田は早速美樹の隣にある席に座り、準備を整える。
そして準備が整い、一息つくと視線を変えないまま言った。
「にしても、お前は本当に熱心だよな。本当は代わって貰いたかったんじゃ
無いのか? 誰かに頼みに行けば良いのにさ。」
美樹は直ぐ隣にいる倉田を見た。その横顔は、いつも見るよりもとても近くに
あったので、少しだけドキドキしてしまう。
「…だって、この場を空けちゃ駄目だって思ったんだもん。まぁ、別に良いんだ。
任された仕事をこなすのは、結構楽しいから。」
すると、客が数人やって来たために会話は中断せざるを得なくなった。
その後、客の列が途絶えることは無く、会話を再会させるのは約30分後となった。
客の入りが落ち着くと、二人の間に少しだけ沈黙が広がる。
「あのさ。」
沈黙を打ち破ったのは倉田であった。突然改まったような顔をして言う。
周りはざわざわしており、声が少し聞き取り難い。
「何ー?」
美樹は貯まったお金の整理をしていたため、倉田の方を見ずに返事をする。
「俺…さ、浅木の積極的で仕事熱心な所、憧れてんだ。」
「なーに言ってんのさー。倉田の方がテキパキ行動出来てんじゃんか。
急に変な事言わないでよねー。」
そう言うと、倉田からの返事が遅かったので美樹は倉田の方を見た。
何故だか分からないが、倉田の耳が少し赤くなっているのに気づく。
「倉田ー?」
数秒してから倉田の視線が美樹に移った。
「あのさ、…付き合わないか?」
その瞬間、女子生徒から美樹の名を呼ぶ声がした。
美樹は倉田の言ったことはしっかりと聞いていた。…驚きと共に、心が
とても嬉しい気持ちで満たされていくのが分かる。
しかし、美樹は倉田への返答を優先しなかった。優先すべきなのは、こちらでは
無いと…なんとなくそう思ったからである。
その声の主は、三人の女子生徒であった。
美樹は立ち上がり、三人の方へと急いで向かった。
「どうしたの?」
「あのね。紙コップが無くなっちゃって、大変なんだぁ。」
始めに話し始めたのはクラスメイトの秋本である。
「それで、紙コップ買いに行こうと思ってんだけど、あたし今お金持って無くて。
ちょっとお金貸りようと思ってさぁ。」
美樹は腕時計を見た。…時間は、2時20分。
学園祭終了の時間まで後40分程である。この時間帯にわざわざ紙コップを買いに
行ってしまっては、間に合わないのに加え大量に余ってしまうことが予想される。
「ちょっと待って。他クラスで紙コップが余っているだろうから、買いに行くよりも
そこから少し分けて貰った方が良いと思う。」
美樹が自分の意見を述べると、三人は顔を見合わせて笑った。
「それでね。ごめん、もう浅木さんの財布から抜いてあるんだぁ。だからこれから
間に合うように急いで買って来ちゃうから、ちょっと待っててねぇ…?」
「え!? それ、どういうことなのっ!?」
自然と美樹の声が荒くなる。しかし、三人は真剣に取り合おうとせずに美樹の
横を通り過ぎようとした。
…そしてすれ違いざまに、秋本は立ち止まって言った。
「アンタさ。何でも上手く行ってるとでも思ってんの? …完璧だとでも
思ってんでしょ? アンタの素振りを見ていると、そんな風に感じるんだよ。
…正直アンタが仕切ってるの見てると、すっげぇむかつく。」
瞬間、凍り付いた。視界がどんどん真っ青になっていくような気がした。
始めはその言葉をしっかりと認識することができず、しかし少しずつ自分の
中で大きくなっていくのを感じる。
「何故…? 何故、私が…?」
一生懸命に、そして活発に行動すると、当然それは周囲から目立つ。
そしてそんな一生懸命に行動している人を見て、よく分からないが腹を立てる者がいる。
…美樹はそのような者の存在にはなんとなく気が付いてはいた。
…しかし、何故? 何故頑張っている者がこうも恨まれなければならないのだろう。
それとも、自分は周囲に『私は頑張っている』『私は何でも完璧だ』と、
そのようなオーラを放ってでもいたのだろうか?
さっきまでの幸せな気持ちを、一気に地獄へと叩き付けられたような気持ちだった。
倉田は先ほどからずっと美樹の名前を呼んでいるようであったが、その声は
決して美樹に届くことは無かった。
学園祭での『出来事』があってから、秋本を中心に、美樹の発言に対して反感を
買う者が急激に増えていった。
先生には1年間学級委員を続けることを要求され、先生の信頼を保っておく為にも
その頼みを断ることができず、その結果この有様である。
体育祭で何を決めて行くにも全ての案を反対されてしまう為なかなか決まらない。
積極的に行事に参加する意欲も徐々に小さくなり、皆をまとめる自信はもう
皆無と言って良い程、気持ちの面は弱まってきていた。
そんな美樹をクラスの大半の人は笑って見ていたのかもしれない。
「ざまぁみろ」と。
倉田とは結局あれっきりで、学級委員の仕事で話す時以外に会話をすることは
全く無かった。そして、倉田から告白の返事を要求してくることも無く、あの時の
事は無かった事のようにも思えてしまうのである。
その後結局、美樹は先生にお願いして学級委員を別の人と交代させてもらうことに
なり、もうそれからはあまり前に出ることも無くなってしまった。
以前は友達が沢山いたのだが、今ではどの人とも浅い付き合いしかしていない。
トラウマとでも言うのだろうか、積極的に行動する事への恐怖心ができてしまい、
人と深く関われば裏切られる様な気がしてならなくなり、美樹は何とか自分を
楽にできるような方法ばかり考える様になっていった。
…しかし、果たして美樹は本当に被害にあってばかりの立場だったのだろうか?
自分に原因が無かったかしっかりと思い返したりはしなかったのだろうか?
…この時の美樹は、自分に原因があったかどうかを思い返すことなく、そして
自分の問題を何とかしよとすることも無く、『自分自身』から逃げてしまっていた
のである。
「今なら素直に思える…。私は…私は、常に先生からの信頼を維持して、
常に勝ち誇ったような態度を出していたんだ。きっと表情にも現れていた
と思う…。…あの時秋本さんに言われた様に、自分は完璧だと。」
今までの美樹は、自分の悪い所を治そうとせず、それ以前に見つけようともせず
全て他人のせいにしてしまっていたのだ。
しかし、今になってやっと見つけた。…『自分の問題点』を。
物事に関心を持つことをやめ、人とは浅い付き合いしかしない。…これは、
自分を苦しめる方法でしかなかった。このままではいつまで経っても孤独で、
平気だと思っていられるのは、我慢しているからなのだ。
そんな我慢は続かない。我慢など、何れは耐えられなくなってしまう物。
自分の問題点を理解するだけではなく、改善することできっと美樹の『望み』
は叶うのであろう。
なにより大切なのは、改善していくこと。
これから先こそがもっと長く険しい道のりになるのだろう。
自分の『目的』を見つけることができるのだろうか…
そして12月、海の誕生日までに間に合わせることができるのだろうか…
戻る
様々な大学、専門学校の資料を読みあさるも、全くピンと来る学校が無い。
美樹は、未だに自分のやりたいことや進学する目的が分かっていなかった。
母親に早くしろと煽られれば煽られるほどに、気持ちは沈んで行くばかり。
授業は午前の授業で終了の為、この部屋に来てからもう既に2時間が経っている。
最近では毎日のように進路相談室に来るようにはなったのだが、未だに収穫無し。
端から見て美樹が『進路指導室』の様な場所に来るようになったこと自体を
大きな進歩として見ていかなければ、今後の行動に進歩という物を感じることは
できなくなってしまうだろう。
「分からない…。私は、どうしたいんだろう…?」
美樹が悩んでいると、突然進路担当の先生が声を掛けて来た。
「随分と悩んでいるようだね。」
顔を上げると、直ぐさま先生と目が合う。白髪が目立ち、年齢は50代後半くらい
であろうと思われる。
その先生は話したことも…いや、言ってしまえば見たことも無い先生だったので、
どのように返事を返したら良いのか分からなかった。
「進学する目的が分からないから、悩んでいるんだろう?」
気持ちを見透かされた美樹は、尚も返事が出来ない。
先生は窓側へ行き、窓の向こうにある景色を眺めながら言う。
「最近、興味の湧いた物事とかは無いのかい?」
「興味…ですか。…私は、何にも興味なんて持てないんですよ。」
すると、先生は疑念を含んだ表情になり、美樹は少し戸惑う。
「それはどうかな。何にも興味が無い…そんな人なんて、本当はいないんじゃ
無いかって私は思うよ。」
「それ…どういう意味ですか?」
先生は視線を窓の向こうから美樹へと移す。
「興味を持てない、あるいは持とうとしない自分に、興味があるんじゃないか?
…と言いたいのだが、分かりにくいかもしれないね。」
「自分に興味が…? 先生、私はナルシストじゃありません。」
「ははは、そんな意味で言ったんじゃないよ。ただ君は、何かを切欠に
自分のことを理解しようと必死になっているんだ。その切欠は進学することに
限らず、何か別の事でもある。」
「別の事…?」
「物事を理解するには、まず自分のことが理解できていなければ難しいだろう。
その物事というのは、自然、例えば空であったり、花であったり、木であったり…。
自然だけでなく、人でも同じ。」
「……人。」
その言葉で美樹の頭にふと浮かんだのは、海だった。
海のことをもっと知りたい、けれども今の自分にはそれができていない。
「君は自分を理解することの必要性に気づきながらも、それは無理だと
諦めているんだよ。それも、始めから。そんなんじゃ、やりたいことや目的
なんて分かりっこ無いさ。だから、結局自分以外の物事だって理解できない。」
自分を理解したいと思いつつも、始めから諦めていてただ闇雲に目的を探し続け…
しかしそれでは何の意味もない、且つ目的も見つからない。
そして、結局自身を理解できないため、ましてや海のことを理解しようとすること
なんてできない…。
まさか海はここまで見越していて、胸の内を、悩みを吐きだしてくれないのだろうか…?
「黙り込むということは、図星のようだね。」
先生はそう言って微笑んだ。その微笑みが、何とも憎らしい。
「簡単に言うと、『始めから諦めてはならない。』…と、言うことだよ。
私の言ったことを認めるか認めないか、それを決めるのは君自身さ。
どちらを選んだら自分の為になるのか、良く考えてからまたここへ来なさい。
…でないと、ここへ来ても意味が無いからね。」
先生はそれだけ言い残して、奥の部屋へと姿を消した。
きっと先生は美樹の為に業と突き放す様な言い方をしているのだろう、
これは自分の問題であり、誰に縋ることもできないのだ。
「認めたいです。認めたいですよ…、でも…それには時間が掛かってしまう…。
間に合うの…? ねぇ…間に合うの…?」
誰に聞いているわけでもない。他でもない、自分の心に聞いているのだ。
しかし、いくら待っても『心』から何の返事も返っては来なかった。
「誰か、…答えて…。」
こうすれば…人との深い関わりを断ち、物事に関心を持つことを止め、
考えることを止めれば、楽になるのだと思っていた。
けれど、決して楽な道では無く、それはむしろ辛く、自分を苦しめる道
であったのだ。
全て自分が作り出した結果だから、誰のせいにも出来ない。
しかし自分は一体何が原因でこうなってしまったのか、それを思い出そうと
するのだが、思い出せない。…いや、思い出したくないのだ。
自分を理解するまでは、海に会ってはいけない。
「12月、海の誕生日までに、…間に合うだろうか…。」
いや、間に合わせなければならない。海と、約束したのだ。
自然公園のあの桜の木の下で、木々達と一緒に海の誕生日を祝うのだと。
もし12月までに間に合わせることが出来なかったら、…もう海と会うことは
できないだろう、…これが自分の『けじめ』なのである。
今は初夏。美樹は条件を満たすまで、海と顔を合わせることを…止めた。
──6月のある日のこと。
「秋に行われる学園祭の出し物について、何か案がある人は手を挙げてー!」
一人の女子学級委員が積極的に前に出て、チョークを手に取る。
この学級委員は何にでも積極的で、まだ2ヶ月程しかこの学校にいないと
いうのに、クラスのみんなを上手くまとめていた。
男子学級委員ととても意気が合っているためでもあるだろう。
その男子学級委員はクラスの男子からも女子からも人気である。
先生はこの2人の生徒のことをとても気に入り、その気に入られ様は周りの生徒
から見てもよく分かる程。
彼らはそれくらい、しっかりした生徒であった。
5月の最後に行われた定期考査でも、もちろん優秀な成績を取っている。
「はいはいはいっ! この教室でレストランをやっちゃうのはどー?」
「確かに、それ良いねっ」
そう言って女子学級委員は黒板にその案を記す。
その後も、クラスの生徒から様々な案が飛び交った。
クラスの出し物はあっさりと決まり、決まった内容に対して文句を言うものは
誰もいなかった。
その授業後、直ぐに担任は女子学級委員を呼びだした。
「浅木ー、お前流石だなぁ! もう一人の倉田と意気も合ってるから直ぐに
決まるし、もはや俺は全く必要無いって感じだな。」
先生にはいつもの様に褒められる。それはとても嬉しく光栄なことなのだが、
教室で褒めるのは何となく止めてもらいたい。
「あはは、このクラスは団結力があるから私達のお陰っていう訳でも
無いんですよ。」
「ははは、そうだな。それにしても、クラスのメンバー全員がお前のことを
信頼しているように感じるし、もしかしたら1年間ぶっ続けで学級委員を
任せられるかもしれないな。」
先生の言葉に少し胸くそ悪い、変な何かを感じたのだが、それは何でもないと
思い込んでおく。…でないと、この先やっていくのが苦痛になってしまいそう
だったからである。
「ありがとうございます。その時は、頑張ります!」
何でも活発に行動し、仕事を一生懸命にやり、クラスメイトの意見を尊重し、
全てを上手くやれてきていると思っていた。
…しかし、この時既に美樹は違和感を感じ始めていたのだ。
──学園祭
この学校での学園祭は始めてであるため、美樹はとても張り切っていた。
クラスでは喫茶店をやることになり、美樹はその受付を担当することに
なっている。
チラシ配りをしている生徒や、受付での宣伝の効果もあってか、客の入りは
とても良く、休憩が一切できないくらいであった。
飲み物や紙コップはどんどん減っていき、教室に設置されている席は常に
満席となっていた。
「浅木ー、ずっと受付やってんだろ? 俺が代わるよ。」
少し客の人数も落ち着いてきた時に、倉田が受付に来て言った。
「良いよ良いよ、この状況にも慣れてきちゃったから。それより、倉田は
まだ他クラスの出し物を見て回って無いでしょ? 誰か誘って見て来たら?」
倉田は少しの間うーんと唸ってから、答えた。
「んー…。そんならさ、一緒に回らねぇ?」
倉田からの誘いは嬉しいのだが、今受付には美樹一人しかいない。
もう一人受付にいたのだが、いつの間にか居なくなってしまっていたのだ。
こうなってしまっては、抜け出すことなど出来る筈がない。
「そっか…。もう一人の奴って…あぁ、竹田さんか。ったく仕事投げ出すとか
迷惑なことしてくれるよな。じゃぁ、俺が手伝うわ。」
「ほんと!? ごめん助かるー!」
倉田は早速美樹の隣にある席に座り、準備を整える。
そして準備が整い、一息つくと視線を変えないまま言った。
「にしても、お前は本当に熱心だよな。本当は代わって貰いたかったんじゃ
無いのか? 誰かに頼みに行けば良いのにさ。」
美樹は直ぐ隣にいる倉田を見た。その横顔は、いつも見るよりもとても近くに
あったので、少しだけドキドキしてしまう。
「…だって、この場を空けちゃ駄目だって思ったんだもん。まぁ、別に良いんだ。
任された仕事をこなすのは、結構楽しいから。」
すると、客が数人やって来たために会話は中断せざるを得なくなった。
その後、客の列が途絶えることは無く、会話を再会させるのは約30分後となった。
客の入りが落ち着くと、二人の間に少しだけ沈黙が広がる。
「あのさ。」
沈黙を打ち破ったのは倉田であった。突然改まったような顔をして言う。
周りはざわざわしており、声が少し聞き取り難い。
「何ー?」
美樹は貯まったお金の整理をしていたため、倉田の方を見ずに返事をする。
「俺…さ、浅木の積極的で仕事熱心な所、憧れてんだ。」
「なーに言ってんのさー。倉田の方がテキパキ行動出来てんじゃんか。
急に変な事言わないでよねー。」
そう言うと、倉田からの返事が遅かったので美樹は倉田の方を見た。
何故だか分からないが、倉田の耳が少し赤くなっているのに気づく。
「倉田ー?」
数秒してから倉田の視線が美樹に移った。
「あのさ、…付き合わないか?」
その瞬間、女子生徒から美樹の名を呼ぶ声がした。
美樹は倉田の言ったことはしっかりと聞いていた。…驚きと共に、心が
とても嬉しい気持ちで満たされていくのが分かる。
しかし、美樹は倉田への返答を優先しなかった。優先すべきなのは、こちらでは
無いと…なんとなくそう思ったからである。
その声の主は、三人の女子生徒であった。
美樹は立ち上がり、三人の方へと急いで向かった。
「どうしたの?」
「あのね。紙コップが無くなっちゃって、大変なんだぁ。」
始めに話し始めたのはクラスメイトの秋本である。
「それで、紙コップ買いに行こうと思ってんだけど、あたし今お金持って無くて。
ちょっとお金貸りようと思ってさぁ。」
美樹は腕時計を見た。…時間は、2時20分。
学園祭終了の時間まで後40分程である。この時間帯にわざわざ紙コップを買いに
行ってしまっては、間に合わないのに加え大量に余ってしまうことが予想される。
「ちょっと待って。他クラスで紙コップが余っているだろうから、買いに行くよりも
そこから少し分けて貰った方が良いと思う。」
美樹が自分の意見を述べると、三人は顔を見合わせて笑った。
「それでね。ごめん、もう浅木さんの財布から抜いてあるんだぁ。だからこれから
間に合うように急いで買って来ちゃうから、ちょっと待っててねぇ…?」
「え!? それ、どういうことなのっ!?」
自然と美樹の声が荒くなる。しかし、三人は真剣に取り合おうとせずに美樹の
横を通り過ぎようとした。
…そしてすれ違いざまに、秋本は立ち止まって言った。
「アンタさ。何でも上手く行ってるとでも思ってんの? …完璧だとでも
思ってんでしょ? アンタの素振りを見ていると、そんな風に感じるんだよ。
…正直アンタが仕切ってるの見てると、すっげぇむかつく。」
瞬間、凍り付いた。視界がどんどん真っ青になっていくような気がした。
始めはその言葉をしっかりと認識することができず、しかし少しずつ自分の
中で大きくなっていくのを感じる。
「何故…? 何故、私が…?」
一生懸命に、そして活発に行動すると、当然それは周囲から目立つ。
そしてそんな一生懸命に行動している人を見て、よく分からないが腹を立てる者がいる。
…美樹はそのような者の存在にはなんとなく気が付いてはいた。
…しかし、何故? 何故頑張っている者がこうも恨まれなければならないのだろう。
それとも、自分は周囲に『私は頑張っている』『私は何でも完璧だ』と、
そのようなオーラを放ってでもいたのだろうか?
さっきまでの幸せな気持ちを、一気に地獄へと叩き付けられたような気持ちだった。
倉田は先ほどからずっと美樹の名前を呼んでいるようであったが、その声は
決して美樹に届くことは無かった。
学園祭での『出来事』があってから、秋本を中心に、美樹の発言に対して反感を
買う者が急激に増えていった。
先生には1年間学級委員を続けることを要求され、先生の信頼を保っておく為にも
その頼みを断ることができず、その結果この有様である。
体育祭で何を決めて行くにも全ての案を反対されてしまう為なかなか決まらない。
積極的に行事に参加する意欲も徐々に小さくなり、皆をまとめる自信はもう
皆無と言って良い程、気持ちの面は弱まってきていた。
そんな美樹をクラスの大半の人は笑って見ていたのかもしれない。
「ざまぁみろ」と。
倉田とは結局あれっきりで、学級委員の仕事で話す時以外に会話をすることは
全く無かった。そして、倉田から告白の返事を要求してくることも無く、あの時の
事は無かった事のようにも思えてしまうのである。
その後結局、美樹は先生にお願いして学級委員を別の人と交代させてもらうことに
なり、もうそれからはあまり前に出ることも無くなってしまった。
以前は友達が沢山いたのだが、今ではどの人とも浅い付き合いしかしていない。
トラウマとでも言うのだろうか、積極的に行動する事への恐怖心ができてしまい、
人と深く関われば裏切られる様な気がしてならなくなり、美樹は何とか自分を
楽にできるような方法ばかり考える様になっていった。
…しかし、果たして美樹は本当に被害にあってばかりの立場だったのだろうか?
自分に原因が無かったかしっかりと思い返したりはしなかったのだろうか?
…この時の美樹は、自分に原因があったかどうかを思い返すことなく、そして
自分の問題を何とかしよとすることも無く、『自分自身』から逃げてしまっていた
のである。
「今なら素直に思える…。私は…私は、常に先生からの信頼を維持して、
常に勝ち誇ったような態度を出していたんだ。きっと表情にも現れていた
と思う…。…あの時秋本さんに言われた様に、自分は完璧だと。」
今までの美樹は、自分の悪い所を治そうとせず、それ以前に見つけようともせず
全て他人のせいにしてしまっていたのだ。
しかし、今になってやっと見つけた。…『自分の問題点』を。
物事に関心を持つことをやめ、人とは浅い付き合いしかしない。…これは、
自分を苦しめる方法でしかなかった。このままではいつまで経っても孤独で、
平気だと思っていられるのは、我慢しているからなのだ。
そんな我慢は続かない。我慢など、何れは耐えられなくなってしまう物。
自分の問題点を理解するだけではなく、改善することできっと美樹の『望み』
は叶うのであろう。
なにより大切なのは、改善していくこと。
これから先こそがもっと長く険しい道のりになるのだろう。
自分の『目的』を見つけることができるのだろうか…
そして12月、海の誕生日までに間に合わせることができるのだろうか…
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プロフィール
HN:
Remi
性別:
女性
自己紹介:
好きな音楽→ELECTROCUTICA、西島尊大、LEMM、ジャズ
過去に小説を書いていたので載せています。
最近また小説を書きたくなったので書いていますが、
書けなくて悪戦苦闘しています。
過去に小説を書いていたので載せています。
最近また小説を書きたくなったので書いていますが、
書けなくて悪戦苦闘しています。
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