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過去の小説を載せていきつつ、新たに小説も書いていきたいと思っています。更新ペースはきまぐれです。 ジャンルは恋愛、青春。日常に非現実的なことがちょっと起こったりとかが大好きです。
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墨をぶちまけたように黒い空から、ただひたすらに雨が降り注ぐ。
雨の音や女子高生の甲高い笑い声、車の音…それ等全ての雑音を疎ましく感じて空を仰ぐと、
目の中に雨のしずくが落ちて来た。
そして、目からその雨が零れおちる。
―雨?
・・・指でそれに触れてみると、なんとなく温かい。
「あぁ、涙も混じってるんだ。」
呟くと同時に胸が苦しくなって、涙が滝のようにあふれ出した。
拭っても拭っても止まらないそれに、苛立ちを覚える。
「・・・何で、出てくるの・・・。」
何かを考えると余計にあふれ出てきてしまうから、何も考えないようにしつつ速足に歩く。
気がつくと目の前には家のドアがあった。
無心になろうと必死になっていたものだから、時間の感覚が無くなってしまっていたらしい。
こんな状態の自分に思わずため息が出て、同時に涙も零れそうになる。
ぶんぶんと首を何度も横に振ってから、深呼吸をして、それからやっとドアノブに手を掛けた。
「・・・結局また、繰り返してる。」
(もうこんなことは辞めたい。・・・だけど、結局今日も・・・。)
そう思いつつ、私は重たいドアノブを引いた。

ドアの閉まる音がすると、部屋の奥からこちらに向かってくる足音がする。
5秒程で、彼は私のもとにやってきた。
「おかえり。」
涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を、彼は表情を変えずに見てくる。
薄らと笑みを浮かべているような、真顔のような、こちらからはなんとも判断のしづらい表情だった。
「・・・た、だいま。」
何だか居たたまれない気持ちにり、私は彼から目を逸らした。
何も言わずに、彼は私の目もとを指で拭う。
それが済み、「いいよ。」と言うと、彼は笑みを浮かべ台所へと戻って言った。
・・・最近は、帰るとこの繰り返しだった。

彼・・・。彼には、名前がない。
正確に言えば、製造番号『C-7』が名前に当たるのだろうか。
私は名前の無いそんな彼の事を「シー」と呼んでいる。
製造番号だの、名前が無いだのと言ったようにシーは人間ではない。
しかし見た目は人間そっくりなので、彼のしぐさや話すところを見たりするなど、
実際に彼に接してみないとなかなか人造人間であることは分からない。

――この世界では数百年前に人間そっくりのロボットである人造人間が開発され始め、
人々の暮らしは大分便利になってきた。
とは言え、工場や飲食店、受付など企業運営の為に使われているケースが殆どで、
人造人間を持っている家庭というのはまだ高所得者のところに限られている。
(私の両親は共働きなのでそれなりの収入を得られてはいるようだ。
しかし二人とも海外出張が多く帰ってこないことが殆どであるため、高級品ではあるが
高性能な『C-7』を購入し、私の面倒を見るようインプットさせたらしい。)
・・・そもそも、人造人間という存在自体まだ出回りだしたばかりで、私自身もまだシーと
出会って7年程。
いつも一緒に暮らしていながら、未だ彼の行動やしぐさ、・・・存在自体を不思議に思うことがあった。
当初は寝付くまでずっと傍にいて、絵本やら子守唄を歌ってきたのだが、私はもうそんなことを
やってもらうような年齢ではない。
そのため恥ずかしくなって、それを強く拒否したことがあった。
すると、その時感情の無いはずのシーが不思議と悲しそうな目をしていた。
(私の思い込みかもしれないが。)
彼の料理を美味しく食べている時は、彼も不思議と幸せそうな顔をしているように見える。
(これも私の思い込みかもしれないが。)
しかし、彼には感情が無い。
これは、開発会社から言われたことなので確かである。
そもそもまだ、人造人間に心を埋め込むという技術は実現できていないのだ。
だから、結局は全て私の思い込みなんだと思う。
・・・ただ彼を不思議に思うと言えど、もはや私にとって彼はいなければならない存在になっていた。
ロボットに頼ってる自分が気持ち悪いし、情けない気もする。
・・・そんな感情のせいで最近は彼に冷たく当たってしまってばかりなのだが、
知らぬ間にもう、私は彼がいなければ一人で立っていられなくなってしまった。

「・・・起きて。」
ぼんやりと薄暗い闇の中、優しい声が真っ暗の隅から隅まで響き渡る。
・・・何だが安心して、頭がぼうっとして、更に眠くなってくる。
「・・・・。」
温かい。それはまるで、幼いころ母親のすぐ隣で眠っていた時に感じられた温もりのようだった。
・・・もしかして、母さんは帰って来たのだろうか?
そうして、昔のように私を温めてくれているのだろうか?
私を守るように・・・。
「えっ!?」
薄らと目を開けると、すぐ目の前には予想だにしない顔があった。
真顔のまま、一点だけをまっすぐに見つめる瞳。
「おはよう。」
シーは私を見つめたまま、言った。口元は軽くほころんでいる。
「ど、どうしてこんなところにいるのっ!?」
慌てて、ベッドから飛び降りる。
それを見たシーも、何食わぬ顔でベッドから出た。
「莉子を起こすには、これが最善だと思ったから。・・・駄目?」
そう言って、シーは首をかしげた。
他意があったわけではないのはもちろん分かる。そりゃそうだ、彼は心の無いロボットなのだから。
合理的な方法を考え、それに従って動くのみである。
しかし、・・・これが本当に合理的なのかは疑問であるが。
「だ、駄目だよ! 子守りとかそーゆーの、いらないって前に言ったでしょ!!」
「ほら出てった出てった」と言い、シーの背中を押して彼を部屋から出す。
シーは「ごめん。」とあまり反省の感じられない調子で言うと、キッチンへと向かって行った。
少しの沈黙のあと、私は再びベッドへとダイブする。
「・・・ロボット相手に、何を慌ててんだか・・・。」
自分に呆れつつも、胸の鼓動は言うことを聞かずに高鳴り続けている。
私は胸に手を当て、大きく深呼吸をした。
それから勢いよく起き上がり、制服に着替え、鞄の中に今日必要なものがきちんと揃っているかを
確認すると、キッチンへ向かった。
「莉子、改めておはよう。ご飯、できてるよ。
メニューはスクランブルエッグ、鮭、それから・・・」
シーとは目を合わせず、テーブルの上に揃う料理を見る。
相変わらず、抜かりのない素晴らしい出来栄えだった。・・・どれも美味しそうだ。
テーブルに付くと、すぐさまスクランブルエッグにありつく。
シーのスクランブルエッグはとろみがあって、甘みもあって、正直母親が作った物よりも美味しかった。
彼は食事の時間になると必ず私の正面に座り、ご飯にありつく私を無言で見つめている。
彼自身はご飯を食べられないので、それ以外にすることがないのだろう。
もちろんそれは今日も同じだった。
初めは嫌だったが、最近はすっかり慣れてしまい、正面に彼がいることを忘れてしまうくらいだった。
しかし、今日は何だか無理だ。
さっきのことを思い出してしまい、彼が正面にいると思うとどうも食事が進まない。
残すことはしたくないのだが、この何とも言えない空間が耐えられず、私は鮭を半分残すと
早々に食事を終わらせ、足早に洗面所へと向かった。
「量、丁度良かったと思うんだけど・・・。」
背後から、シーの悲しそうな声が聞こえたが、それには応じなかった。
簡単に歯を磨き、髪をポニーテールに結ぶと、そそくさに玄関のドアを開けた。
「行ってらっしゃい。無理は、しないでね。」
いつの間にか直ぐ真後ろにシーはおり、重いドアを一緒に開けてくれた。
・・・私の手に彼が手が重なり、思わず引っ込めてしまう。
「うん。」
彼をちらりと見ると、目が合う。
瞬間、自分の顔が沸騰したやかんのように熱くなって行くのが分かった。
ロボットに対しこんな感情を抱く自分のことが何とも複雑で、さっさとドアを閉めた。

――キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ると同時にクラス担任の畠中先生が教室に入って来た。
彼女の肩には色々な物が詰まっていそうなトートバッグがあった。
私は眉間に皺を寄せただそれ一点だけを見つめていると、先生は私の顔を見て含ませながら
にっこりと笑った。
・・・その笑顔で確定した。バッグの中には、先週あった中間試験の答案用紙が入っている。
試験の答案返却、このイベントこそが学生生活のなかで一番苦痛な時間だ。
先生は用紙の束をバッグから手に取ると、正面を向いて口を開いた。
「はい、静かにしてー。これから数学の答案用紙を返します。けど、その前に!
今回の最高点と最低点を発表します。」
それを聞いた周りはざわつき出す。
「最低点お前じゃん?」「最高点の人は決まってるっしょ~」「まぁ、最高点はな・・・」
私はそのざわつきが鬱陶しくて耳を塞ぎ、先生の「静かにして~!」と言う声を聞くまで、塞がれた耳を解放しなかった。
先生がチョークを手に取ると教室内は静寂に包まれ、チョークの音だけが響き渡った。
そして、黒板の中央には
「21」「98」
の数字がでかでかと記された。
「最高点の人だけ発表します。といっても、これが定番みたいになってきてるね。
はい、水上(みなかみ)! 今回もよく頑張ったなー!」
私の名前が呼ばれると、周りは「やっぱりな」といった顔で別段驚いた様子も無く、
私自身も驚くことは無かった。
「まぁ水上は定番だよな~」「水上さん真面目だよね~」「がり勉だからなー」
皆、好き勝手に私の事を話している。
正直、こういった言葉には慣れたつもりでいた。だけど、やっぱり胸のあたりがちくちくする。
私は胸のあたりに手を置いて、軽く摩った。

ホームルームが終わると、ずっと背中に圧し掛かっていた重い何かから解放されたような感覚がした。
私はため息をつくと、鞄を持って早々に席を立つ。
「今日は予備校も無いし、コロッケでも買って帰ろう。」・・・そんなことを考えていた時だった。
「あの、水上さん?」
私は声がした方を見た。
すると、すぐ目の前にはクラスで孤立してしまっている田中雪子が立っていた。
私は昼ごはんや体育の時間、科学の実験の時間の時だけ一緒に行動する、言ってしまえば互いに
都合の良い時にしか関わり合わない友達ならいるのだが、彼女はそういった友人もおらず、
私ともたまに体育でペアになることがあるといった程度の接触だった。
特にまともに会話をしたことも無かったので、こうして話を掛けてきたのは意外なことだった。
「どうしたの?」
体の向きは変えず、顔だけ彼女に向ける。
手短に終わらせてくれ、というアピールである。
「今日返された6科目とも、全部最高点で本当に凄いなぁって思って。
水上さんは真面目で勉強もスポーツもできるし、ずっと憧れてたの。」
…あぁ、鬱陶しい。
まず思ったのが、これだった。
点数が良ければ皆口を揃えて「凄い」だの「真面目」だの…。
もう嫌だ。別に私だって好きで勉強しているんじゃない。・・・それに、決して真面目なんかじゃない…。
感情が爆発しそうになるのを、寸前で抑える。
手を強く握りしめ、無理に笑顔を作って「ありがとう。」と答えた。
笑顔はどうやら自然にできていたらしい。
…それとも、田中雪子が鈍感なだけだろうか。
「あ、あの…それでね。私、あまり勉強とか得意じゃないから、水上さんに教えてもらいたいの。」
私は次第に面倒さを隠しきれなくなり、彼女が視線を私から外すたびに不機嫌な表情をこぼしていた。
…正直、自分の心は歪んでいる。それを分かっていないことはなかった。
田中さんはきっと純粋なんだと思う。
話し口調だとか、人柄から察するに、きっと素敵な子なんだろう。
…なのに、悲しいことに私はこの子のその純粋さやその心の綺麗さが腹立たしくてならなかった。

「水上さん、いつも頑張ってるよね。頑張れるって、良いなぁ。」

彼女に心を開けたら、と思った時だった。
最後に彼女が発した言葉。
「頑張れるって、良いなぁ。」
頭の中で、この言葉を反芻する。
悪い意味は無い…。
そう思おうとすればする程に怒りがこみ上げ、それはもはや抑えきれないくらい喉元まで上がってきてしまっていた。

「頑張りたくて、頑張ってるんじゃない!! 何も知らないくせに!!」

私は思わず彼女を突き飛ばしてしまった。
机に背中をぶつけた彼女はその場に崩れ落ち、震えた手で静かに自身の体を覆った。
周囲が騒然となっている。
…だけど、何も耳には入ってこなかった。

…私は最低だ。

私はその場から逃げるように全力で走りだした。


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HN:
Remi
性別:
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自己紹介:
好きな音楽→ELECTROCUTICA、西島尊大、LEMM、ジャズ


過去に小説を書いていたので載せています。
最近また小説を書きたくなったので書いていますが、
書けなくて悪戦苦闘しています。
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