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過去の小説を載せていきつつ、新たに小説も書いていきたいと思っています。更新ペースはきまぐれです。 ジャンルは恋愛、青春。日常に非現実的なことがちょっと起こったりとかが大好きです。
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「はい、それでは神田さん。どうぞ。」
律子は、ぼんやりと中空を見つめていた。
そんな状態でいただけで、恐らく30分は経過してしまっていたらしい。
気づけばすぐ隣に座っていたはずの就活生がいなくなっていた。
「これから二次面接だっていうのに。駄目だな、自分・・・。」
周囲に気づかれない程度に、呟く。
ここにいる殆どの人達は、頑張ってアピール内容を考えたり、何度も練習したりと、
万全に準備してきているのだろう。
そんな一生懸命な人達の中で、律子は場違いなくらいに何もして来なかった。
・・・言い訳と思われてしまうかもしれないが、とても考えていられるような状況ではなかったのだ。
それどころか、この選考を辞退してしまおうかと考えたくらいだった。
しかし、それを両親・・・特に父は許してはくれなかった。

――「今お前が置かれている状況は察している。だけど、本来すべきことを
忘れてどうするんだ。そんなことで彼女に顔向けできるのか。」
・・・「辞退する。」と告げた時、父に言われた言葉である。
「何をいってるの!!」とヒステリックになる母とは対照的に、彼は恐ろしいくらいに冷静だった。
まだ郁夫のことを話していない。・・・それなのに、父はまるで全てを見抜いているかのような
発言をしてきて、さすがにその時は恐怖を感じた。
更には、
「選考に参加する以外に道は無い。」
と、まるでそこまで言われてしまったような気もしていた。
・・・いや、口にせずとも、父の目はそう語っていたのだ。
そして律子はその恐怖心とやらに煽られたのか、この会場に来てしまったのだ。

――今日は3月25日。
ここはあらゆる地域の情報を扱うタウン誌、タウンヒューマニティ社の二次面接会場である。
 思えば一次通過の電話を貰った時、隣には郁夫がいた。
彼はまるで自分の事のように喜んで、「おめでとう」と優しく抱きしめてくれた。
あの時の自分を、二人の姿を、今でも鮮明に思い出すことができる。

・・・ふと、何かに気づいてしまった。
それに気づいた瞬間、心がチクッと痛み、それでありながら甘酸っぱい感覚に陥った。
思い浮かべた2人の姿を、自分が第3者になったつもりで見てみる。
・・・すると、2人はカップルではなく兄妹のように見えたのだ。

――そうだ。きっと郁夫は、律子のことを妹のようにしか思っていなかったのだろう。

もちろん、自分たちはカップルみたいだ。と、それほどまでに浮かれたつもりはない。
しかし、これまでは「この時間がずっと続けば良い」だとか、「また会いたい」だとか、
刹那的なこと・・・その時だけのことばかり考えてしまっていて、郁夫がどう考えているのかなど、彼に関することなど、何も考えていなかった。
その「空間」に酔いしれて、前を全く見ていなかったのだ。
「彼がどう考えているのか、彼の持つ影の存在やその意味だとか、
相手の気持ちを汲んであげることも少しはできたかもしれなかった。」
姉の話をした時の郁夫の様子は明らかにおかしかった。
それはきっと、彼にも何らかの辛い過去があるからなのかもしれない。
思えば彼の事を、何も知らないままなのだ。

ふっ、と自嘲気味に鼻で笑う。
こんなことを考えられるようになるのが、今更になってからだなんて。
「自分のことばかりで、他人のことなんて全く考えていなかったんだな・・・。」
そう呟いた瞬間、待合室のドアが開いた。
「橋本さん、どうぞ。」
人事課所属であろう女性が、短く言う。
「はい。」

一つ分かったところで、少し頭の中がスッキリしたような気がした。
何の準備もしてきていないが、出来る限りのことはやろう。
今の律子は、少し前の、この応接室に入室した時の表情とは違っていた。
晴れやかな表情で、確かな足取りで、彼女は面接部屋へと向かった。


――同日
3階、病室。

「失礼します。」
ドアを開けると、一番奥のベッドに谷村瑞穂はいた。
窓の外をじっと眺めているようだったが、ドアの開く音に反応したのか
すぐさまこちらに振り向いてきた。
律子は少したじろいだが、何でもないようなふりをして軽く頭を下げ、彼女のもとに向かった。
「来てくれて、ありがとう。」
声に反応して、多少警戒しつつも彼女の顔を覗き込んで見る。
4日前、初めて訪れた時と打って変わって、今は大分落ち着いているようだ。
ふと、彼女の横にある花瓶に目が行った。

「・・・ブーケンビリア」

無意識に、呟いていた。
すると、彼女は「あぁ」と言って花弁に触れた。
「この前は、ごめんなさい。折角持ってきてくれたのに・・・。これ、綺麗ね。」
そう言って優しく微笑んだ。
初めて会った時、初めて病室を訪れた時と雰囲気が違い過ぎて、更に警戒心を強めてしまう。
そんな律子の様子を察したのか、彼女は自嘲気味にほほ笑みながら口を開いた。
「精神安定剤、・・・飲んでるの。これのお陰で大分落ち着いた。
私自身、パニックに陥ったって何も解決しないことは分かってるの。
だけど、どうしてもダメで。結局薬に頼るしかないみたい。」
そう言うと、今度は悲しそうにほほ笑んだ。

その瞬間、きゅっと胸が締め付けられるような感じがした。
 
(――この表情、・・・似ている・・・。)

「あ、あの。私が出会った郁夫さんについて、話します。」
今日の律子は口数が殆ど無かったからか、彼女は少し驚いた様子だった。
・・・きっと、彼女は本来ならば今の様な具合で、比較的穏やかな人なのかもしれない。
そんな彼女をこんな症状に貶めたのは、一体何なのだろうか・・・。
「・・・うん。」
彼女は優しく微笑んでから、「お願い。」と言葉を加えた。


丘の上にある公園で、そこからの景色を描いていた郁夫に出会った日のこと。
色鉛筆を使って絵を描いていたこと。
都会の高層ビルやマンションなどを魅力的に感じていること。
律子の喜びを、郁夫も自分の事のように喜んでくれたこと。
郁夫は照れると直ぐに頬を赤らめること。
照れ隠しにマフラーを使って口元を隠すこと。
ぽんぽんの付いたニット帽子がお気に入りだということ。
律子の絵をたくさんプレゼントしてくれたこと。
「丘の上からの景色」が完成したら、真っ先に見せてくれると約束してくれたこと・・・。


話し終えてから、律子は自身の目から涙が零れていたことに気づく。
「あ・・・。ご、ごめんなさい。」
慌ててそれを拭い、彼女の方を見る。
彼女はそっと優しく首を横に振ってから、「ありがとう」と答えた。
それから律子が落ち着くまで、彼女は静かに待っていてくれた。

「・・・すみません。もう、大丈夫です。」
律子がそっと口を開くと、彼女は頷いた。
「私、色々忘れかけてたみたい。彼の癖だとか、好きなものだとか。
でも、律子さんの話を聞いて、色々思いだしてきた。なんだか、とても懐かしい。」
そして、悲しそうに微笑みながら「やっぱり、ちょっと羨ましいな。」と呟いた。
律子は「え?」と聞き返すが、彼女はただ俯き加減に微笑むだけだった。
「私の知っている郁夫と、全く同じね。」
そう言ったあと、彼女ははっとした表情をしたかと思えば、次第にその表情は強張っていった。
「あ・・・」
彼女は震える手で頭を押さえた。
「どうしたんですか・・・」
律子は咄嗟に彼女に駆け寄った。
「彼は確かに、都会に憧れを抱いていた。何度も都会に来て、スケッチをして、
そこから先のこと、いくらか先は、・・・大丈夫だけど、その先が」
彼女は過呼吸になってしまっているのか、肩を大きく上下させている。
「怖い、思いだしちゃいけない・・・・。」
その後はただ念仏のように「怖い」と繰り返すばかりだった。
彼女は一体何に怯えているのだろう。彼女と郁夫の間には一体何があったのか。
何もかもが分からなかった。
「瑞穂さん」
何度声を掛けても彼女の耳には届いておらず、彼女は苦しそうに頭を抱えるばかりだった。
肩をそっと揺すってみても、彼女は「怖い、怖い」とただ呟く。
成すすべのない律子は、
「瑞穂さん、大丈夫です。」
律子はベッドサイドにそっと腰を掛け、横から彼女の肩を強く抱いた。
彼女の肩は汗ばんでおり、その湿った温もりが衣服を通じて律子の手にも伝わって来た。
少しして、彼女は漸く律子の声に気づき、次第に落ち着きを取り戻して行った。
涙を見せたくなかったのか、律子に顔を背けてそれを拭うと、再び静かに向き直った。
しかしそれでも尚、動悸が完全には治まっていないようだった。。
「瑞穂さん。あなたの過去には一体何が・・・。」
それだけ問うと、彼女は胸を押さえながらただ首を横に振った。
「あなたは何か大事なことから目を背けようとしてはいませんか・・・。」
律子は瑞穂の目をまっすぐに見て言った。
彼女は凄く優しい人だ。だから、きっと一人で色々抱え込んで、これほどまでの状態に陥ってしまったんだろう。
だけど、そうして抱え込むだけで過去から逃げていては何も解決しない。
現状を変えることはできない。
・・・それは、今の自分にも言えることである。
「落ち着いてからで構いません。少しでも構いません。
何か、教えてくださいませんか。」
再び問うが、彼女の返答は同じだった。
「律子さん。あなたは、逃げたいと思うことはないの?」
ふいに、彼女からの質問だった。
律子は少し戸惑ったが、冷静なってみるとすぐにその答えは出て来た。
「常々です。就活だってそうですし、不甲斐ない自分自身から逃げたくなることなんて、常々です。」
自嘲気味に笑い、瑞穂から目をそらす。
一息ついてから、今度は真剣な眼差しで彼女に向き直った。
「郁夫さん。いえ、あなたからも目を背けてしまいそうになりました。
現に、今も逃げてしまいそうな気持ちになったりします・・。」
もしかしたら、怒られるかもしれない。出て行けと言われるかもしれない。
そんな恐怖も感じたが、それ以上に嘘はつきたくなかった。
そして、彼女からの反応は意外なものだった。
彼女はぷっと吹き出すと、「早く『健康』な状態になりたい。」と自嘲気味に笑って言った。
「ごめんね、こんな私に付き合わせちゃって・・・。
私から逃げたくなったら、いつでも逃げて良いから。」
彼女は悲しそうに微笑みながらそう言う。
律子の胸は、再び締め付けられる。
この人はやっぱり、一人で抱え込んでしまう人だ。
本当はきっと、誰にも離れて欲しくない。なのに、こうして悲しそうに微笑んで、
気持ちと真逆のことを口にしてしまうのだ。
再び彼女から目を背け、服の上から自身の胸をギュッと掴んだ。
それを見た瑞穂は、
「あぁ、」と一人で納得すると、中空を見つめながら
「それだけ、郁夫のことが好きってことなのかな。」

律子ははっとする。
『瑞穂』の見せる、儚げな微笑み。
それが、ふいに郁夫のそれと、・・・自分の姉のそれと重なった。
消えてしまった郁夫に会えないのなら、ここで諦める術だって自分にはあるはずだ。
実際、心が何度も折れそうになった。
それでもどこか細く脆い蜘蛛の糸に縛られているかのように、
律子は彼女から逃げ出すことができない。

・・・その理由は、『瑞穂』という人物にも律子の中で何かしらの感情が
芽生え始めているからに他ならなかった。
それは、姉に向けた家族的な『愛』のような、
郁夫に向けた『愛』のような、なんとも説明のしづらい『愛おしさ』だった。

私は、この人を、この人を取り巻く過去の事実を、
知らなければならない。





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好きな音楽→ELECTROCUTICA、西島尊大、LEMM、ジャズ


過去に小説を書いていたので載せています。
最近また小説を書きたくなったので書いていますが、
書けなくて悪戦苦闘しています。
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