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過去の小説を載せていきつつ、新たに小説も書いていきたいと思っています。更新ペースはきまぐれです。 ジャンルは恋愛、青春。日常に非現実的なことがちょっと起こったりとかが大好きです。
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  律子は毎日のように谷村瑞穂のいる病室を訪れるようになっていた。
そして、今日はそんな毎日から一週間が経つ。
悩む日々に未だ終わりは来ず、郁夫とはいつ会えるか、そもそも会えること自体分からないままである。
しかし時だけは止まることなく流れ続け、気が付けば4月を迎えていた。
・・・あの公園が桜の花に包まれる時期だ。
桜の花をいっぱいに咲かせ、普段は閑散とした公園もこの時期だけは色づいていく。
「……一緒に、見たかったな。」
「え?」
その瞬間、はっとする。
律子は瑞穂のすぐ隣に座り、彼女との会話がひと段落して、沈黙になっていた所だった。

――これまでしていた会話の内容とは、律子と出会う前、つまり郁夫でもあった瑞穂が
毎日どのような生活を送っていたかということだ。
律子は以前郁夫の手帳にぎっしりとスケジュールが書き込まれていたのを思い出し、
思い切って聞いてみたのである。
・・・どうやら、瑞穂はバイトを掛け持ちし、それで稼いだお金で生活をしていたとのこと。
郁夫の人格に移り変わった瞬間記憶はそこで途絶え、気が付くと夜になっていたり、
またある時は朝になっていたりで、それについて考えようとすればバイトの時間が来てしまう。
そんなこんなで結局自分自身と向き合う余裕すらなく、瑞穂はただがむしゃらに働き続けていたらしい。
だから、当然郁夫としての自分が律子と『出会ったこと』など全く覚えていないし、むしろ知らないといった具合だった。
そして、律子と初めて会った日。
あの日瑞穂は珍しくバイトを入れていなかった日で、何日かぶりの休みだった。
いつもなら疲れて眠ってしまうのだが、その日だけは不思議と疲れは無く、
それは幸い中の不幸と言ってしまうのか、あれこれと考えてしまう時間が多すぎて、心が折れそうになっていた。
そんな時、律子に出会い「郁夫」というワードを聞いて、彼女の中で全ての記憶が混同し、
ヒステリーを起こしてしまったのだと言う・・・。
そこで、彼女は話すのを辞めてしまった。

彼女の話を聞いてか、律子はすっかり物思いに耽ってしまっていたらしい。

「あ、いえ・・・なんでもないです。」
無理があるが、笑ってごまかす。
すると、彼女は詮索しようとはせずに、ただ優しく微笑んで返してくれた。
最近の彼女は大分落ち着いてきて、パニックを起こすことは殆ど無かった。
そんな彼女を、何となく見てみる。
すると、途端に目が合ったので慌てて逸らした。
彼女は穏やかな調子のまま口を開いた。
「律子ちゃん。折角来てくれたのに申し訳ないんだけど、何だか今日は疲れが取れなくて。
何もしてないのに、変よね。」
そう言って自嘲気味に微笑んだ後、「私、少し寝るね。」
と言って、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「おやすみなさい。」
静かにそう言うと、律子は立ち上がった。
・・・帰ろう。そう思ったのだが、
ふと、ブーケンビリアの花瓶をのせた戸棚に目が止まった。
・・・普段はどの引き出しも閉ざされているのだが、珍しく二段目の引き出しが
開いている。
他人の物が入っているのだし、普通ならそのまま素通りして帰るところだろう。
・・・しかし、何故だかその引き出しから覗くスクラップ帳が気になって仕方がなかった。
そして何分程そのスクラップ帳と見つめ合っていたか分からない。
手が伸びそうになるのを必死で堪えるが、それ以上に気に中身が気になってしまう。
直観でしかないが、これには大事な何かが隠されているような気がしてならなかった。
そっと、瑞穂の様子を確認してみる。
「すーすー。」と静かに寝息をたて、安らかな眠りについているようだった。
(今なら・・・、少しだけならきっと、大丈夫・・・。)
律子は物音を経てないように、そっとスクラップ帳を取り出した。
表紙も裏にも、何も書かれていないようだった。
悪い予感が当たらなければ、それはそれで良い。
しかし何らかの情報が得られるのなら、それはそれで欲しい。
矛盾した二つの気持ちに葛藤しつつも、律子は思い切ってスクラップ帳を開いた。

・・・そこには、彼女の過去だろうか?
たくさんの写真が貼り付けられていた。
彼女の文字などは特に書かれておらず、ただひたすら写真だけが貼り付けられているようだった。
専門学校の入学式だろうか? 優しく微笑んだ瑞穂の後ろには、両親らしき人物が立っている。
また、中には彼女が写っている写真だけでなく、自然に囲まれた素敵な風景写真もたくさんあった。
「これ、どこだろう・・・。少なくとも、この辺ではないな。」
美しい風景写真の数々を見る限り、彼女のカメラスキルはなかなかのもの
なのだろう。思わず見入ってしまう。
「へぇ・・・、すごいなぁ。」
感心しつつ、ページをめくっていく。
同じように、何気なくその見開きページに目を通し、次のページに移ろうとした時だった。

――!

右下にある一枚の写真を見て、ふいに律子の手が止まった。

瑞穂の隣に微笑む男性。顔立ちが・・・、似ている。
もともと中性的な顔立ちをした瑞穂だが、綺麗さはそのままにもう少し瑞穂を
男らしく(男性的に)したような顔立ち・・・。
恐らく、これが本当の高野郁夫なのだろう。
写真に写る本当の彼も、律子の知る郁夫と同じようにとても素敵だった。
・・・このまま彼を見つめていたいところだが、実を言うと衝撃はそれだけではなかった。
「どうして、お姉が・・・」
瑞穂と郁夫を強引にくっつけるようにして肩を組み、彼らの間で悪戯に笑顔を浮かべている。
ふと思い出し、慌ててページを戻した。
瑞穂の、入学式の写真・・・。
確かこの写真は、学校の門の所で撮った写真だったはず・・・。
そう想い、一番初めのページを再び開いた。
「・・・・・専門学校、●×学院・・・。」
最初に見たときは全く気が付かなかったのだが、門にはそう書かれていた。
・・・姉と同じ専門学校である。
姉が家を出てからあの事件のことを知るまで、彼女は一切連絡を寄越してくることは無かった。
仲の良かった、妹の律子にさえ。
この写真を見て、姉が学校で楽しくやれていたのだと知り、安堵する。・・・今更ながら。
しかし、もう見ることは無いのだ。こんな、彼女の笑顔を。
思わず、涙が零れてくる。
律子は姉の笑顔が見たくて、先ほどのページに戻った。
そして、更にページをめくってみる。
そこには、瑞穂と、郁夫と、姉の3人が楽しそうに学校生活を送るたくさんの写真が貼られていた。
これらに写るどの姉も、みんな笑顔だった。
つられて、律子も自然と笑みがこぼれる。心が温かく、穏やかになる。
もっと見たいと、貪欲にページをめくり、ひたすらに写真を漁る。
そして、見るたびに心が満たされていく。
まるで姉がまだこの世に存在しているような、そんな錯覚さえ覚える。
・・・錯覚でもいい。むしろ、もっと錯覚してしまいたいくらいだ。
だがら、更に貪欲に、律子はページをめくった。
しかし、他人のものを勝手に見ていることへの罰なのだろうか、こんな穏やかで幸せな気持ちがそう長く続く筈がなかった。
気がつくと、スクラップ帳は残すところあと1ページに。
「馬鹿だな・・・、もっと惜しんでみれば良かった。」
そう呟きつつ、律子はページをめくる。
「お姉・・・。」

――瞬間、視界が真っ赤な血の色に染まる。
律子は目を見開いた。

そこには、
血に染まったあの事件の、
新聞記事が、
見開き一面に貼り付けられていた。

律子は悲鳴を上げたのか、嗚咽を漏らしたのか、それとも声すら出なかったのか・・・。
自分の声が、嗚咽が認識できないくらいに、頭の中が錯乱する。
郁夫に受け入れられることのなかった、忘れられもしなかったあの記憶が、
再び心を暗い闇で覆う。

「い、嫌・・・。」

「律子ちゃん!!」
途端に、強い声がしたのではっとして振り向く。
目を覚ました瑞穂が律子の手にあるスクラップ帳を静かに見つめていた。
「あなたが・・・まさか、・・・そうだなんて・・・」
その言葉で律子は慌ててスクラップ帳を棚に戻す。
瑞穂の方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい・・・。人のものを勝手に見たりなんかして・・・。
本当にごめんなさい!!」
取り乱す律子と打って変わって、瑞穂は依然落ち着いた表情のままだった。
複雑そうに、眉間に皺を寄せ、困惑している様子だった。
それから暫くの沈黙の後、それを破ったのは律子だった。
「その・・、瑞穂さんと一緒に写っていた・・・」
気まずいながらも、律子は言った。
それに対し、瑞穂は静かに口を開く。
「えぇ。分かってると思うけど、本当の郁夫。それに、もう一人いる女性は・・・、」

「恵理子」

瞬間、律子は思った。

「・・・・あぁ、やっぱりそうなんだ。」





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好きな音楽→ELECTROCUTICA、西島尊大、LEMM、ジャズ


過去に小説を書いていたので載せています。
最近また小説を書きたくなったので書いていますが、
書けなくて悪戦苦闘しています。
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